廃墟のテレビ
電話やテレビ、ラジオなど所謂メディアにまつわる怪談は多い。その殆どが、どこかに繋がってしまうというパターンを踏襲している。
便利さの反面、直接的ではない伝達に人間は恐怖心を抱くのだろうか。
今から話すのもそれに類似したありふれた体験のひとつ。
中学二年の夏休み、心霊ツアーと称し五歳上の従姉妹と他県まで遠征した。
目的地は某県にある公営団地の廃墟。
これはかなり有名な場所で、仮に心霊スポットではなくとも廃墟好きの俺にはたまらないものがあった。
到着したのはまだ陽のあるうちだった。
立ち並ぶ無人の団地とそこかしこに残る生活の痕跡は、確かに噂通りの偉容だった。
草が伸び放題の空き地にぽつんと置かれた三輪車、錆びた鉄製のドア、引き出しに衣類がしまわれたままのタンス。
そして周囲は緑深い山々。
団地全体が、本来あるべきではない違和感を放っていた。
続きを読む
なすり憑け
人生1番恐かった経験。
前回の件があった六年後、一家揃って隣の県に引越ししていました。当時私は社会人一年目でありまだまだ学生気分があまり抜けておらず、その日新入社員四人で心霊スポットに行こうとなった。正直行きたくなかったが、普段気の強い私がこういうのを怖がると思われたくないと思い行く事にした。
そこは首つり自殺の名所であり車がすれ違う事の出来ない細くて小さなトンネルで、工事を途中でやめたのか所々鉄骨がむき出しな所で、その鉄骨で首をつる方々がいると言われている場所でした。
後部座席に乗りそのトンネルを通過…
途中運転していたF君が一瞬ブレーキをかけ
「気のせいかな?何かが前を横切った気がするんだけど?」
と言っていたが、実は私は怖くて目をつぶっており見てはいませんでした。
その時はそれ以上の何ごともなく過ぎてゆき会社の駐車場まで戻り、それぞれ自分の車で自宅へ戻る事になりました。
自分の車に乗り込み時計をみると12時を過ぎており、
『やばいな〜親に怒られるかな。急ごう』
などと思いながら車を走らせていました。続きを読む
九十九神
昔から旧いものには魂が宿るという。
長い年月を経て魂を得たものは、九十九神とも付喪神とも呼ばれ、神のような妖怪のような信仰と僅かな恐怖の対象にされてきた。
澁澤龍彦はそれを日本人の、旧いものに対する愛着と畏れの表れだと記している。
だが、本当にそれだけなのだろうか。
中には、年輪のように記憶を積み重ね、語るようになったものもあると、俺はそう思う。
小学生の頃、俺は俗にいう鍵っ子で、中学年になってからは学童保育に通っていた。
迎えには近所に住んでいた五歳上の従姉妹が来てくれていたのだが、これが少し変わった人で、一緒に行動するうちに幾つかおかしな体験をすることになる。
歩くだけで汗ばむ暑さも、日が落ちるに従ってだいぶ落ち着き始めた。
小学五年の夏休み前のことだったと思う。続きを読む
普通の家族がいちばん怖い
学校であった怖い話
東京伝説(渇いた街の怖い話)
葬儀屋が教えるココだけの怖い話
怖い話はなぜモテる

